三河善光寺について
御供養について 三河善光寺 馬頭観音 一光三尊如来
三河善光寺 本坊 無量寺 三河善光寺 本坊 無量寺

木造馬頭観世音菩薩像は三面八臂、馬に乗るとても珍しい姿で、騎乗馬頭観音さまともいわれております。
その昔、行基菩薩三州巡化のとき一本の杉の木をもって、七体観音像を彫刻されたうちの一体であるといわれている。
もともとは頭の上に馬を乗せる一般的な馬頭観音さまの姿であったが、洪水にあった際、本堂ごと川に流されるが、頭の上の馬に乗り大川の中から脱出し、岡崎城内の岸にたどり着かれ、馬に乗る珍しい姿になったという言い伝えがある。
承安の頃、牛若丸(源義経)は、奥州平泉(ひらいずみ)の藤原秀衡(ひでひら)を頼って旅を続ける途中、矢作の里を訪れ兼高長者の家に宿をとりました。
 ある日、ふと静かに聞こえてきた浄瑠璃姫の琴の音色に惹かれた義経が、持っていた笛で吹き合わせたことから、いつしか二人の間に愛が芽生えました。
しかし、義経は奥州へ旅立たねばならず、矢作を去りました。姫が義経を想う心は日毎に募るばかりでしたが、添うに添われぬ恋に、悲しみのあまり、ついに菅生川(すごうがわ)に身を投じて短い人生を終えました。
浄瑠璃姫の死後、矢作の里に戻った義経は死を悼み騎乗馬頭観音さまを安置し、供養したという。

その為恋愛の仏様ともいわれ良縁成就、恋愛成就などの功徳があり、また畜生道救済(畜生界におちた霊の成仏・ペット、家畜の冥福)馬が草をむさぼり食うように人々のあらゆる苦悩を食い尽くし、断ち切る 魔障除去、厄難消除、病気平癒など苦悩除去の功徳がある。また最近では競馬の騎手、調教師、競馬ファンの方々がレース前に馬頭観音さまにお祈りしていかれ、必勝の仏様としても信仰されています。観音さまは衆生を救おうという気持ちが強い仏様です。中でも馬頭観音さまは衆生救済の思いが強いとされ、多くの人たちの信仰を集めている。



御供養
  平素は厨子の中に安置し扉を閉ざしており、拝観できません。十二年に一度のご開帳の時だけ特別にお姿を拝むことが叶います。
次回ご開帳は平成二十七年(2015年)を予定しております。
 
御供養